
武蔵野美術大学 造形学部
視覚伝達デザイン学科
中野豪雄教授は現役のデザイナーであり、視覚伝達デザイン学科の1年生から4年生まで多くの授業を受け持つ。
教室をクリエイティブ空間と捉え、その雰囲気作りにもプロならではの工夫を凝らし、学生一人ひとりの成長を見守っている。
教授は「身体的に反応できる力、思考する力が両輪となり、反射的に何かを造れることがデザイン力」と語る。
同科独自の「五感」を使ってデザインの「根源」を感じ取る授業、学生独自の「専門性」を高めていくためのカリキュラムなどについて伺ってきた。
中野 豪雄教授

1977年東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業(学士)。卒業後、勝井三雄に4年間師事。2005年よりフリーランスとして活動を開始し、2011年中野デザイン事務所設立。2018年4月武蔵野美術大学に教授として着任、現在に至る。専門はグラフィックデザイン、ヴィジュアライゼーション。情報の構造化と文脈の可視化を主題に、様々な領域においてグラフィックデザインの可能性を探求している。
自分の中にあるデザイン感覚を研ぎ澄まし、
他にはゆずれない「専門性」を築いていく

学生自ら専門性を見出していくために
4年間の学びの流れをお話しください。
視覚伝達デザイン学科(以降、視デ)は学生一人ひとりが何に関心を持ち、どのようなポテンシャルがあるのかということを自分自身で見つけるための場所であるということを基本とし、それぞれの「個」を重視しています。つまり、学生が120人いたら120通りの専門性があるという考え方に基づいています。
1・2年生の授業は基礎課程と呼んでいますが、ここでいう「基礎」とは応用を簡単にしたものではありません。すべての表現やコミュニケーション行為の根源を学ぶことに重点を置いています。根源を学ぶ、といったらとても難しい気もしますが、まずは五感を使って体験しながら学んでもらいます。2年生では、自分がデザインしようとしている対象の背後には何があるのか、といったことをリサーチできる力を養っていきます。対象物を徹底的に観察し、解釈を重ねることで、その人なりの気づきや経験が反映された制作につながっていくことを目指します。
3年生になるとⅠ群、Ⅱ群といわれるふたつの大きな授業の束を中心にデザインを学びます。Ⅰ群は「環境」「情報」「ライティングスペース」という観点を通して、創発的なデザインを考え出そうという試みです。世の中にある多様なデザイン分野の枠を取り払ったらどんなデザインが生まれるかという、実験的でラディカルなアプローチを行うのがⅠ群の意図です。
Ⅱ群には広告やイラストレーション、映像、音響表現など33の授業があり、この中から学生は好きな授業を自由に選択できます。こうして3年次は自分ならではの学びを構築しながら自分だけの専門性を見つけ、創り上げていくタイミングとなります。Ⅰ群とⅡ群を同時に学ぶことは大変でもありますが、これは視デ独自の要素であり、個々の専門性を高める上で欠かせないものです。
この1~3年生までの蓄積が卒業制作に反映されるのですが、その作品は個々の専門性が表れたものばかりで、絵やイラストに限らずアニメーションや立体、空間的な表現に至るまで、多様な形で結晶化されています。
デザインの根源を、五感で覚える

先程の、表現やデザインの「根源」を学ぶ授業ですが、具体的に何を学ぶのですか?
1 年生の2 回目の授業で「トラストウォーク」というプログラムを実施しています。裸足になった学生がペアとなって一方の人に目隠しをし、もう一方の人が言葉だけで学内を案内して回るというワークショップで、学内の風物詩にもなっています。
新入生たちは受験勉強でさんざん絵を描いてきたので目が訓練されています。そんな学生たちが入学したとたん、目隠しをして歩き世界が一変するという感覚を味わうことになります。聞き逃していた音が聞こえたり、匂いが漂ってきたりなど、視覚以外のあらゆる器官が自分の知覚として入ってくることを衝撃的に経験します。その感覚が、卒業後でも記憶に残っている人もいるほどです。
この授業を初めて経験した時は「これってなんの役に立つんだろう?これがデザイン?」と感じるかもしれませんが、それこそがまさに意図していることで、この感覚が得られるとそれまでの自分のデザイン感が再構築されるのです。「デザインって何だろう?でも楽しい!」というバランスが1年生のときには重要だと考えています。「素朴で当たり前のこと」というバイアスを取り除き、世界はこう見えているという思い込みを一度、取り除いてゼロに戻すプログラムなのです。「未知が沢山あったほうがワクワクしないか?」という感覚を得てもらうというのが、視デの最初の導入部分です。
技術よりも、社会の核心に刺さるデザイン

これからのデザインに関わる人たちにとって、必要な要素はなんでしょうか?
私の学生時代は携帯が普及しておらず、インターネット黎明期でパソコンがやっと一般的になりはじめた時期でした。情報量も少なく、雑誌などのメディアが発している情報を信じるしかありませんでした。ステータスが作られやすかった時代だったともいえます。
現在はSNSの台頭で自分の「推し」は自分で見つけることが主流になっています。近年の卒業生にはX(旧Twitter)で漫画を投稿し続けフォロワーが何万人もつき、その漫画が単行本として発売された学生もいましたし、その先輩に憧れて視デに入ってくる学生もいるほどです。
自分の意志で見たいもの、創りたいもの、伝えたいことを見つけていくことの重要性に気づいてくれる学生は多いと思います。また、最近では、3DCGなどのアプリケーションさえ無料で入手可能で、使い方はYouTubeなどで学習できます。そうしたことを踏まえると、これからの社会に求められる人材は、技術を持つ人ではなく、社会に何か伝えたいことを持っている人ではないでしょうか。
その人がいちばん伝えたいことが、社会に対してクリティカルな部分に刺さっている、その部分をどれだけ高められるかが求められるのではないかと思います。
自分史上最高の絵を描く成功体験を

高校生たちへのアドバイスをお願いします。
デザイン系学科の実技試験はだいたい3時間です。予備校などで3時間かけても描けないと悩んでいる受験生もいるのではないでしょうか。それを繰り返すとずっと時間内で描けなくなってしまう恐れがあります。一度、自主的に何十時間かけてもいいから自分史上最高の一枚を描いてみてください。それができたならば、その1枚を振り返りどこにいちばん時間が掛かったかを分析してみましょう。そこを短縮すれば3時間で描けるようになるはずです。時間はかかったけれどもすごく良い絵が描けたという、成功体験を大事にしてもらいたいのです。
また受験は苦しいものなので、それ以外の時間はなるべく楽しい時間を過ごして、とにかくあなたの好きなことを途切れさせないでください。
ステキだとかカッコいい、こんなものを描いてみたいという気持ちは大学でもすごく必要なことです。新しい場所にはいろいろ不安もあるかと思いますが、そのままの気持ちで来てください。
それを受け止めるだけのキャパシティがここにはあります。
貴重なお話ありがとうございました。
(本ページの内容は「学びのすすめ No.7 芸術学・美学・美術・デザイン・映像・建築・マンガ・アニメ・ゲーム・音楽系」と同内容です)